インド国鉄の蒸機 WG
インドの花形急客機であるWPと対をなして活躍したのがWGです。
WPが700両程度生産されたのに対し、WGは2,500両とさらに大量にリリースされ、本来の貨車は言うに及ばず、客レから入れ換えまで、幅広く活躍しました。っちゅうてもワタシが見ることが出来たのは末期の末期ですから、地方線区で余生を過ごしてた姿しか知らんのですが。

93年12月 サハランプル
夕刻の中距離鈍行。発車時刻が近いのか、ホームの落ち着かない雰囲気が、昔の日本みたいですよね。
華やかなWPに隠れ、とりたてて注目されることもなく消えていってしまいましたが、実に標準的な可もなく不可もないスタイルが魅力的でもありました。
WPは動態保存されてますが、これの動ける個体は無いようです。
WPが700両程度生産されたのに対し、WGは2,500両とさらに大量にリリースされ、本来の貨車は言うに及ばず、客レから入れ換えまで、幅広く活躍しました。っちゅうてもワタシが見ることが出来たのは末期の末期ですから、地方線区で余生を過ごしてた姿しか知らんのですが。

93年12月 サハランプル
夕刻の中距離鈍行。発車時刻が近いのか、ホームの落ち着かない雰囲気が、昔の日本みたいですよね。
華やかなWPに隠れ、とりたてて注目されることもなく消えていってしまいましたが、実に標準的な可もなく不可もないスタイルが魅力的でもありました。
WPは動態保存されてますが、これの動ける個体は無いようです。
ゴハチ EF58 157
122の茶と157の青、どっちが好きか、なーんていう議論は、
クモハ53007と008のどっちが好きとか、
切妻と半流のどっちが好きとか、
はたまたEF65のF型とP型のどっちが好きとか、
なぞと一緒で、実に他愛の無い、他人にとってはどーでもいい、何の役にも立たない話なんですが、とかくテツな我々は、どっちがどうで、という話が好きです。

白Hゴムでも、やっぱり青は、普段着って感じがして好ましく、個人的には157の青に一票かな。
ケツにぶら下がってる、東海道の上り列車です。こんなに線路に近付いて撮ってしまったことを深く反省しています。もうしません。ゴメンナサイ。
解体されてしもたんですよねー、心底もったいないよなぁ・・・・・。

クモハ53007と008のどっちが好きとか、
切妻と半流のどっちが好きとか、
はたまたEF65のF型とP型のどっちが好きとか、
なぞと一緒で、実に他愛の無い、他人にとってはどーでもいい、何の役にも立たない話なんですが、とかくテツな我々は、どっちがどうで、という話が好きです。

白Hゴムでも、やっぱり青は、普段着って感じがして好ましく、個人的には157の青に一票かな。
ケツにぶら下がってる、東海道の上り列車です。こんなに線路に近付いて撮ってしまったことを深く反省しています。もうしません。ゴメンナサイ。
解体されてしもたんですよねー、心底もったいないよなぁ・・・・・。
GM クハ16400 可部線 本塗装終了
2両のクハ16400、茶を吹き終えたんで、早速気になるマスキングを剥がしてみましょう。

まずまずやん。
アップ。

やっぱり貫通扉の段差は吹き込んでしまってます。なぜか2両とも運転士席下の尾灯脇に吹き込みが。ついつい周囲にばかり目がいってしまって、間抜けなことこの上ない。
後位。

ややギザギザ。やっぱり直角のヤマから気持ち内側にズラしてマスキングすべきですかね。
ま、ようやくそれらしい姿が浮かび上がってきて素直に喜んでるんですが、今回の塗装は一点激しく失敗がありまして、

エアブラシを振りながら吹いてるうちに、ノズルカバーに溜まった塗料がププッと噴き出してしまい、慌てて拭ったりしましたが、消し切れませんでした・・・・。それにしても、まだまだゆず肌ですねー・・・・。塗料がまだ濃いのかなぁ・・・・。
吹き込みは2000番の耐水ペーパーでこすったり、タッチアップしたりで修復。

何気に貫通扉は箱サボ受けで隠れるという、ありがたい話。
胴受けも筆塗りを済ませました。コテコテになってしまいましたが、ここだけ残してマスキングするのが面倒で、つい、筆塗りに。
勢いで、インレタ、クリア吹きまで進めます。
エンド標記とATS標記ですが、

左:くろま屋さん、右:GMさん。まーどうみてもGMさんはデカすぎです。
後位の標記類は毎回、

微妙に文字の一部が欠けてしまいますが、気にしてはいけません。
クリア吹いて、ようやく屋根のマスキングもオフ。

雨樋と屋根の間から黄色が覗いてたりで、一部再びタッチアップが必要ですが、概ねオッケーな感じです。
運行灯窓とか、面倒な加工がまだ一部残ってますが、クハの2両はさすがに先が見えてきましたよ!

まずまずやん。
アップ。

やっぱり貫通扉の段差は吹き込んでしまってます。なぜか2両とも運転士席下の尾灯脇に吹き込みが。ついつい周囲にばかり目がいってしまって、間抜けなことこの上ない。
後位。

ややギザギザ。やっぱり直角のヤマから気持ち内側にズラしてマスキングすべきですかね。
ま、ようやくそれらしい姿が浮かび上がってきて素直に喜んでるんですが、今回の塗装は一点激しく失敗がありまして、

エアブラシを振りながら吹いてるうちに、ノズルカバーに溜まった塗料がププッと噴き出してしまい、慌てて拭ったりしましたが、消し切れませんでした・・・・。それにしても、まだまだゆず肌ですねー・・・・。塗料がまだ濃いのかなぁ・・・・。
吹き込みは2000番の耐水ペーパーでこすったり、タッチアップしたりで修復。

何気に貫通扉は箱サボ受けで隠れるという、ありがたい話。
胴受けも筆塗りを済ませました。コテコテになってしまいましたが、ここだけ残してマスキングするのが面倒で、つい、筆塗りに。
勢いで、インレタ、クリア吹きまで進めます。
エンド標記とATS標記ですが、

左:くろま屋さん、右:GMさん。まーどうみてもGMさんはデカすぎです。
後位の標記類は毎回、

微妙に文字の一部が欠けてしまいますが、気にしてはいけません。
クリア吹いて、ようやく屋根のマスキングもオフ。

雨樋と屋根の間から黄色が覗いてたりで、一部再びタッチアップが必要ですが、概ねオッケーな感じです。
運行灯窓とか、面倒な加工がまだ一部残ってますが、クハの2両はさすがに先が見えてきましたよ!
特急電車 485系 「白鳥」
ブルトレ同様、「白鳥」もお空へ飛んで行ってしまいました。

そらそうやろ、いまどき誰も12時間か13時間か知らんけど、丸々一日費やして大阪から青森行きませんわなぁ。ちゅうか利用者の多くが区間利用だったのは明らかで、だったらなんでこんな走らせ方してるんですか、っちゅう話で。2001年廃止だそうです。もう随分経つのね。
そして例によって、ググって今知ったんですが、同じ名前で東北−函館を走ってるんですって?! 皆さん知ってましたぁ??
写真は比較的原形を保ってるボンネットですが、ワタシにとって「白鳥」は200番台の貫通型もしくは300番台の非貫通のイメージです。特急が絵入りマークになったのは78年、小学校2年生の時で、その直後が特急・ブルトレブームやと思いますが、当時から長い間(4つ目の1500番台なんかもありましたけど)「白鳥」=貫通/非貫通で、ボンネットはあり得なかったんですよねー。で85年に青森から向日町に受け持ち区が変わって、以降このボンネット「白鳥」がフツーに見られるようになった、っちゅう話です。
小・中学生時代、デンシャのことしか考えてなかった頃(今でもあまり変わらんが・・・・)の刷り込みというのはよっぽど強いものらしく、こうやってボンネットの「白鳥」も眺めても、ピンとこないっちゅうか、あまりカッコエエと思わんのは不思議なもんです・・・・。


そらそうやろ、いまどき誰も12時間か13時間か知らんけど、丸々一日費やして大阪から青森行きませんわなぁ。ちゅうか利用者の多くが区間利用だったのは明らかで、だったらなんでこんな走らせ方してるんですか、っちゅう話で。2001年廃止だそうです。もう随分経つのね。
そして例によって、ググって今知ったんですが、同じ名前で東北−函館を走ってるんですって?! 皆さん知ってましたぁ??
写真は比較的原形を保ってるボンネットですが、ワタシにとって「白鳥」は200番台の貫通型もしくは300番台の非貫通のイメージです。特急が絵入りマークになったのは78年、小学校2年生の時で、その直後が特急・ブルトレブームやと思いますが、当時から長い間(4つ目の1500番台なんかもありましたけど)「白鳥」=貫通/非貫通で、ボンネットはあり得なかったんですよねー。で85年に青森から向日町に受け持ち区が変わって、以降このボンネット「白鳥」がフツーに見られるようになった、っちゅう話です。
小・中学生時代、デンシャのことしか考えてなかった頃(今でもあまり変わらんが・・・・)の刷り込みというのはよっぽど強いものらしく、こうやってボンネットの「白鳥」も眺めても、ピンとこないっちゅうか、あまりカッコエエと思わんのは不思議なもんです・・・・。
イギリスの蒸機 SR 850 Lord Nelson
ロンドンのド真ん中から、バンバン蒸機を走らせるあたり、やっぱりイギリスというのはすげー国やな、と思います。

2007年6月 ロンドン ヴィクトリア
これは戻ってきたところですけど。平日の23時過ぎ、ということもありますが、テツな方、ゼロでした。まあ、そのぐらい珍しくないっちゅう話で。
カマが地味っちゅうのもあるかもしれませんけどね、Sothern Railwayの850は、1927年から16両作られたLord Nelsonクラスの唯一の保存機で、急客用の4-6-0、当時としては花形機だったようです(ウィキペディアまる写し)。役に立つんか疑わしい背の低いデフが特徴的な、なかなかクラシックな雰囲気のカマで、まあ早い話が、すんごいカッコエエわけでもない(笑)。
シリンダの排気を前方に出すカマはバルブがしにくくて困ったもんじゃ。

こういうシックで、シンプルで、あたかも機関車の一部であるかのようなデザインのヘッドマークなら、なんぼでも付けたらええと思います。

2007年6月 ロンドン ヴィクトリア
これは戻ってきたところですけど。平日の23時過ぎ、ということもありますが、テツな方、ゼロでした。まあ、そのぐらい珍しくないっちゅう話で。
カマが地味っちゅうのもあるかもしれませんけどね、Sothern Railwayの850は、1927年から16両作られたLord Nelsonクラスの唯一の保存機で、急客用の4-6-0、当時としては花形機だったようです(ウィキペディアまる写し)。役に立つんか疑わしい背の低いデフが特徴的な、なかなかクラシックな雰囲気のカマで、まあ早い話が、すんごいカッコエエわけでもない(笑)。
シリンダの排気を前方に出すカマはバルブがしにくくて困ったもんじゃ。

こういうシックで、シンプルで、あたかも機関車の一部であるかのようなデザインのヘッドマークなら、なんぼでも付けたらええと思います。
釧網本線 DE10 貨物列車
北海道で好きな場所(というより撮影区間か)はいくつもありますが、釧網本線の細岡あたりは、いかにもって感じとはいえ、やっぱり素晴らしい所だと思います。

釧路からの朝一では間に合わなかった貨レ。細岡駅マルヨ強行(笑)。

ほんまに日本離れしてますよね。

年末のせいで、カマ2、トラ3。

細岡でカブリツキはなんだかもったいないねー。
写真は全部89年12月です。で、20年後の今、冬季はここをバリバリ蒸機が走ってるわけですが、あまりの遠さに一度も行ってないというお粗末さ。一回で使う金額考えると、ちょっと行けんなぁ。3回我慢すればヨーロッパ一回行けるもんなー、って、3回のうちの1回さえまるで行けないわけですが(笑)。


釧路からの朝一では間に合わなかった貨レ。細岡駅マルヨ強行(笑)。

ほんまに日本離れしてますよね。

年末のせいで、カマ2、トラ3。

細岡でカブリツキはなんだかもったいないねー。
写真は全部89年12月です。で、20年後の今、冬季はここをバリバリ蒸機が走ってるわけですが、あまりの遠さに一度も行ってないというお粗末さ。一回で使う金額考えると、ちょっと行けんなぁ。3回我慢すればヨーロッパ一回行けるもんなー、って、3回のうちの1回さえまるで行けないわけですが(笑)。
マスキングは難しいなあ グリーンマックス クハ16400
M車5両は少し脇へ置いて、プラ2両の塗装を進めようかと。
貫通扉・警戒色・屋根まで塗ったので、それらをマスキングして、いよいよ、車体色の茶色でございます。
警戒色のマスキングなんて、面積もしれてるし、ちょろいもんやと思ってましたが、いやいや、なかなかどうして。貫通扉の凹みを横断するせいもあって、容易でない。
段差部分は、テープ張って、しっかり密着させて、カッターで切り込みを、と思ってたんですが、このカッターで切り込むのがウマイこと出来ません。カッターの刃に引っ張られてテープもズレるんですよねぇ。一体上手な人って、どうやってるんでしょうか。
結局、段差部分は分割です。申し上げるまでもなく、非常に短い寸法で、コマ切れにテープを貼ってくことになります。

すげー大変・・・・・。
2両目は多少慣れてきますが、それでもえらい時間かかってもうた。
屋根両端のカーブも手ごわいでっせ。AIZUの細いやつを使ってますが、プラモールドの前面ステップの足を残してるせいもあって、後位はこれまたコマ切れ。
要所へマスキングゾルを併用。

なんだか塗る前からして、どっか浮いてないかと、すごい不安なんですけど(笑)。

ま、吹きこみゃタッチアップよ!と開き直って、

塗りました。
結果は、次回のお楽しみ、ってことで♪
貫通扉・警戒色・屋根まで塗ったので、それらをマスキングして、いよいよ、車体色の茶色でございます。
警戒色のマスキングなんて、面積もしれてるし、ちょろいもんやと思ってましたが、いやいや、なかなかどうして。貫通扉の凹みを横断するせいもあって、容易でない。
段差部分は、テープ張って、しっかり密着させて、カッターで切り込みを、と思ってたんですが、このカッターで切り込むのがウマイこと出来ません。カッターの刃に引っ張られてテープもズレるんですよねぇ。一体上手な人って、どうやってるんでしょうか。
結局、段差部分は分割です。申し上げるまでもなく、非常に短い寸法で、コマ切れにテープを貼ってくことになります。

すげー大変・・・・・。
2両目は多少慣れてきますが、それでもえらい時間かかってもうた。
屋根両端のカーブも手ごわいでっせ。AIZUの細いやつを使ってますが、プラモールドの前面ステップの足を残してるせいもあって、後位はこれまたコマ切れ。
要所へマスキングゾルを併用。

なんだか塗る前からして、どっか浮いてないかと、すごい不安なんですけど(笑)。

ま、吹きこみゃタッチアップよ!と開き直って、

塗りました。
結果は、次回のお楽しみ、ってことで♪
ゴハチ イゴマル EF58 150
なんぼも撮ってないのに好きと書くのははばかられるんですけど、ゴハチは好きでした。
イゴマル(現役時にそんな呼び方してるのは聞いたことないけど)が茶色になって復活した時は嬉しかったっすねー。青のままでも十分喜んだはずですが、茶色になって雑客と共に、しかもマイテまでセットになって付いてきたんですから、ほんま、色めき立ったもんです。87年の3月でした。
手元の写真は89年〜91年頃のもんで、決して熱心に撮ってる時期じゃないんですが、イゴマルだけはパラパラ出てきます。

90年春のムーンライト高知。原形小窓って、イイですよね。絶対パックなんかよりカッコエエし。
タングステンで撮って無理やり修正してるんで色おかしいですが、

同上。
湘南顔って、

カワイイよね。
金光臨。

フィルム浮いてピン甘。悔しい。
せっかくのマーク付きも、

35ミリでふざけて撮ってしまって、これまた惜しい。
最後に動いたのはいつなんでしょ? なんとこいつが最後のゴハチになるとはねえ。。。。
イゴマル(現役時にそんな呼び方してるのは聞いたことないけど)が茶色になって復活した時は嬉しかったっすねー。青のままでも十分喜んだはずですが、茶色になって雑客と共に、しかもマイテまでセットになって付いてきたんですから、ほんま、色めき立ったもんです。87年の3月でした。
手元の写真は89年〜91年頃のもんで、決して熱心に撮ってる時期じゃないんですが、イゴマルだけはパラパラ出てきます。

90年春のムーンライト高知。原形小窓って、イイですよね。絶対パックなんかよりカッコエエし。
タングステンで撮って無理やり修正してるんで色おかしいですが、

同上。
湘南顔って、

カワイイよね。
金光臨。

フィルム浮いてピン甘。悔しい。
せっかくのマーク付きも、

35ミリでふざけて撮ってしまって、これまた惜しい。
最後に動いたのはいつなんでしょ? なんとこいつが最後のゴハチになるとはねえ。。。。
タイの蒸機、C56
大戦後に各国に残された蒸機を、我らが帝国陸軍の残党と呼んでいるのは、ワタシと我が戦友殿ぐらいのもんだと思いますが、それはさておき、タイに残されたC56のうちの2両は、イベント用に整備され、いまだに現役のようです。

94年3月 バンコク ファランポーン
ケツ合わせで返しは付け替えだけで済ませるやり方がタイ式。
トンボって言いますけど、由来は何や?的な議論をどこかで読んだ覚えがあるんですが、忘れてしまいました。トンボの交尾に似てるからか???
大井川の44番とよく似てますねw
でも、決定的な違いは、

マキ焚き、なんだな。
テンダーの文字は、アルファベットのS.W.N、では無くて、タイ語でタイ国鉄の頭文字らしい。
一時期アルヒル桟道橋でも走ってたようですが、行けずじまいに終わってしまいました。もうちょっとエエ写真撮りたかったな・・・・。

94年3月 バンコク ファランポーン
ケツ合わせで返しは付け替えだけで済ませるやり方がタイ式。
トンボって言いますけど、由来は何や?的な議論をどこかで読んだ覚えがあるんですが、忘れてしまいました。トンボの交尾に似てるからか???
大井川の44番とよく似てますねw
でも、決定的な違いは、

マキ焚き、なんだな。
テンダーの文字は、アルファベットのS.W.N、では無くて、タイ語でタイ国鉄の頭文字らしい。
一時期アルヒル桟道橋でも走ってたようですが、行けずじまいに終わってしまいました。もうちょっとエエ写真撮りたかったな・・・・。
五〇、〇〇〇ヒット御礼と工作近況
(クモハ)50000、とか50008なーんて数字を目撃することもなく、昨日アクセス50,000の大台を超えました。これも皆様のご愛顧のお蔭です。心より感謝申し上げます。
かつてのように毎日のように模型の記事を上げることが出来ず、本人としては残念な一方、古い写真をアップするのは、これはこれで楽しく、今年に入ってからは写真記事が工作記事より圧倒的に多いわけですが、気持ち的にはあくまで工作の記事をメインにで進めたいと思っております。とはいえ、ノロノロ工作なんで、そんなに毎日書くことないんですよね(笑)。ま、写真は写真でお楽しみいただけてるってことにしておいて、今後とも何とぞご贔屓に。
で。
久々の工作記事ですが。
GWを目前にして、夜な夜な血眼でマスキング・リキッドを除去してたら、腰を痛めてしまいまして。まーそのー、もう歳ですさかい、ってだけの話なんですが、ちょっとした動きで絶叫するぐらいの激痛でして、原因としては、この工作としか考えられんわけです。
一応剥がせる場所は全て剥がし終え、2両はあらかたタッチアップも済み、

3両はこれから

ってな状況です。
ホンマにね、このマスキング・リキッドは、久々の大失敗ですわ。粘度が低くてドンドン塗れるのに、半端やなしに剥がしにくい。試しに1両だけ先にやってみるべきでしたね。深く反省。
そうそう、雨樋上面に0.3ミリのマスキング・テープ貼ってみた件、うまいこといったのもあれば、

見事に塗り残したり、
それ以前のヘボで

塗り残したり。
雨樋(側板)上面と屋根の接合処理も、今後の課題やなぁ。
さらに、マスキングテープを何の気無く剥がしたら、

雨樋も剥がれたり、
なーんてことがありました。
キッチンさんの平妻旧国キットの場合、4面のイモ付けの前に、前面縦雨樋はハンダ付けを済ませた方が良いかも。
まだまだ未熟なもんでございますが、頑張って完成目指します! いや、あんまり頑張るとまた腰にきますんで、ほどほどに・・・・。

かつてのように毎日のように模型の記事を上げることが出来ず、本人としては残念な一方、古い写真をアップするのは、これはこれで楽しく、今年に入ってからは写真記事が工作記事より圧倒的に多いわけですが、気持ち的にはあくまで工作の記事をメインにで進めたいと思っております。とはいえ、ノロノロ工作なんで、そんなに毎日書くことないんですよね(笑)。ま、写真は写真でお楽しみいただけてるってことにしておいて、今後とも何とぞご贔屓に。
で。
久々の工作記事ですが。
GWを目前にして、夜な夜な血眼でマスキング・リキッドを除去してたら、腰を痛めてしまいまして。まーそのー、もう歳ですさかい、ってだけの話なんですが、ちょっとした動きで絶叫するぐらいの激痛でして、原因としては、この工作としか考えられんわけです。
一応剥がせる場所は全て剥がし終え、2両はあらかたタッチアップも済み、

3両はこれから

ってな状況です。
ホンマにね、このマスキング・リキッドは、久々の大失敗ですわ。粘度が低くてドンドン塗れるのに、半端やなしに剥がしにくい。試しに1両だけ先にやってみるべきでしたね。深く反省。
そうそう、雨樋上面に0.3ミリのマスキング・テープ貼ってみた件、うまいこといったのもあれば、

見事に塗り残したり、
それ以前のヘボで

塗り残したり。
雨樋(側板)上面と屋根の接合処理も、今後の課題やなぁ。
さらに、マスキングテープを何の気無く剥がしたら、

雨樋も剥がれたり、
なーんてことがありました。
キッチンさんの平妻旧国キットの場合、4面のイモ付けの前に、前面縦雨樋はハンダ付けを済ませた方が良いかも。
まだまだ未熟なもんでございますが、頑張って完成目指します! いや、あんまり頑張るとまた腰にきますんで、ほどほどに・・・・。
カートレイン北海道 DD51 EF65PF
カートレインをブルトレと呼ぶべきか否か?
判断に迷いますが、一応特急扱いだったようで、寝台車付きですから、まあ、ブルトレのはしくれ、ぐらいには入れてやってもいいでしょう。
PF牽引。

パンタがパンパンでエエ感じ。
1011番は当時の田端の最若番? いや、よく覚えてませぬ。ブロックでない切り抜き文字ってのは、ちょっと大人しい感じがしますね。ま、関西人は、PFの初期型ってのに弱いですw
DD51。

上り列車です。
いつなくなってしもたんやろ?と、お馴染みWikipediaを見たんですが、判然としませぬ。あるホームページによると、運行は88年(青函トンネルが開通した年)〜97年っぽいです。
積めるクルマの寸法制限もあって、あまり利用が伸びなかったとか。悪いアイデアじゃなかったと思うんですが、なんだか惜しい気がします。
判断に迷いますが、一応特急扱いだったようで、寝台車付きですから、まあ、ブルトレのはしくれ、ぐらいには入れてやってもいいでしょう。
PF牽引。

パンタがパンパンでエエ感じ。
1011番は当時の田端の最若番? いや、よく覚えてませぬ。ブロックでない切り抜き文字ってのは、ちょっと大人しい感じがしますね。ま、関西人は、PFの初期型ってのに弱いですw
DD51。

上り列車です。
いつなくなってしもたんやろ?と、お馴染みWikipediaを見たんですが、判然としませぬ。あるホームページによると、運行は88年(青函トンネルが開通した年)〜97年っぽいです。
積めるクルマの寸法制限もあって、あまり利用が伸びなかったとか。悪いアイデアじゃなかったと思うんですが、なんだか惜しい気がします。




















