457系 田村にて 

この電車を何系と呼ぶのがもっとも適切なのか、よくわからないのですが、
ec475-50m_19860930_321my.jpgタイトルは457系にしておきます。写真はクモハ475-5053(※なにわさんのご指摘で訂正)。86年9月30日。

裏、
0ec455-42_19860930_321my.jpg
クハ455-42。

2両とも色こそ変われど現役?

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ジャンル : 趣味・実用

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やっぱり国鉄色はイイ

475系(タイトルに逆らってすいません)だから裾のラインがかつてはあったんですよね
合理化目的とはいえ、今の一色塗装はいただけませんナ

お~い、違うよぅ

50だったら、AU12搭載だし、モハ474のベンチレーターが2列だから、これは52か53でございます。

クハが42ということは、多分53でしょう。いまでもこの3両で走っています。クハ455-42は1968年に南福岡からやってきたので、熊本、名古屋、糸魚川と走った経験がございます。

クモハ475-50と田村駅

クモハ475-50ですが、なにわさんのコメントの通り、確かにAU12クーラー搭載です。
編成はクモハ475-50―モハ474-50―クハ455-64で、北陸地区だけで見られた全AU12冷房準備車編成のうちの1本です。かなり前に1991年8月に撮影した「スーパー雷鳥」の写真等を掲示板の方に紹介しましたが、この時、この編成に出会って写真を撮っているので掲示板の方に紹介したいと思います。

上下線の幅が大きく開いているのは中線があった名残ですね。米原―田村間のDE10による連絡が無くなったのは確か60-3改正のときで、この直前に中線にDE10が止まっている写真を見たことが有ります。後述の出張のときも間隔の広い上下線が印象に残っています。

田村駅にはこの写真よりもかなり後に鉄道とは無関係の用事で訪れました。
1997年春に「ヘール―ボップ彗星(C/1995O1 Hale-Bopp)」という彗星が明るくなりましたが、3月下旬にこの彗星の観測を行うため、田村駅の近辺に目をつけました。これは、琵琶湖の湖岸が近いことと、近場に住宅が少ないため、彗星の観測に適した暗い夜空が確保できるためで、終電近い電車で田村駅で降車、湖岸まで行って彗星の観測を行った後、翌日の始発で出張先へ向かいました。
なお、この時は長浜直流化の後で、221系で田村を訪れています。

にしもとさん、
JR各地方色や、西の一色塗りの写真を見ると、登場時の塗装が相応の考察を経た結果の極めて優れたデザインであったことを自ずと知ることになりますね。

なにわさん、
ごめんなさい!実はネガ拡大で50っぽいんで、そう書いてしまいました。文字の滲み具合からも52ではなく53だと思います。後ほど訂正します。ありがとうございました。

原口さん、
ジャーナル誌の74/12だったかに、田村駅を取り上げた記事があって、EF70・DE10・DD50で賑わう写真がたくさんあるのですが、86年の訪問時でも既に「何も無い」状態で、その変貌ぶりに寂しい思いがしたものです。
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Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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