EF58 128 宮原機関区

これもどちらかというと
058128_0001.jpgハズレガマだったように思います。

PS15に白ゴム、でかテールと、
058128_0008.jpgイジられたカマの典型のようなスタイルで、

これが少数派ってのならさておき、
058128_0009.jpg

他にもいくらでもいたんで、
058128_0007.jpg注目されるわけもありませんよね。

宮原はなんだかんだいって最後まで定期の客レの仕様が残ってましたんで、
058128_0003.jpg他区と比べて往年の華やかさが感じられた気がします。

回送とはいえ、
058128_0006.jpgカマのイマイチさを補って余りある編成かと。

以下なぜか、
058128_0002.jpg

やたらと
058128_19840104b_k8106.jpg

12系団臨の写真が多いのですが、
058128_0004.jpg

058128_198312b_0079.jpg京都の2枚は天理臨、富田の2枚は姫路の修学旅行臨ではないかと。

以下は下関集結後のカット。
058128_198402b_0006.jpg

相変わらず、
058128_198402b_0052.jpg

冴えない写真ばっか。。。。
058128_198403b_0070.jpg

058128_198403b_0071.jpg最後の2枚は、最終運用ではないかと思います。。。。

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ブタ鼻ヘッドライトでなかったのが救いです

他の箇所が改造されていても何とか耐えられましたが、ブタ鼻2灯の改造車だけは我慢できなかったです。ヘッドライトがオリジナルなので、まだいいのではないでしょうか

すいません。にっしー=にしもとです。Hゴム改造は、ゴハチの最終生産分が最初からHゴム仕様だったので、私はあまり抵抗がないのですが、やはりHゴムの前面窓というのは気に入らない方が多いのでしょうか

白Hゴムが関西のEF58らしさを感じます。また、以前も話題になりましたが、SGの排気が今となっては珍しいです。下関移動後の最初の写真で後ろの荷物車に雪がこびりついているのは関ヶ原を走ってきたか、北陸本線からの荷物列車でしょうか。
 24系25形客車は「つるぎ」回送ですね。下記のRP84-2号にも57-11改正で「つるぎ」が宮原から向日町へ持ち替えられたために新たに回送列車が設定され、宮原のEF58が牽引していると記載されていました。

 ビニロックのエアフィルターですが、雪が詰まりやすい欠点があったようで、東海道方面では一般的ですが上越線方面では全く改造されてなく、東京のEF58も上越線へ運用される車に限定して未改造で残ったようです。逆に上越線方面でビニロックフィルターだったのは昭和50年頃に宇都宮運転所のEF57形置き換えに東海道線から転属した車だけで、日光線でお召し列車を牽引した172号機も該当したと思います。

 リクエストなのですが、広島運転所のPS22Bを装備したEF58は撮影してますでしょうか。RP84-2号によると昭和58年末の時点で38, 63号機の2両だけになっており、運用も臨時列車だけになっていること、おそらく57-11改正の時点で定期運用が無くなっていることから目にする機会は非常に少なかったのではないか、と思われます。

そこまで言わんといたって下さい

124は別として、ここから切り抜き番号、PS15なんですから。

昔はPS15がなくて、このタイプを改造するのに苦労したんですから。

スタイルのいい146あたりを見ていると、このカマはなあ・・・とは思いますよね。

それにしても最後に残った広島の2両ですか。
原口さんのことですから画像検索はしておられると思いますが・・・、
80年代の広島というと、7112~7111の創価臨ぐらいでしょうか。それも大阪通過は夜ですからねえ・・・。

1980年代後半のNゲージEF58の加工

PS15の改造はNゲージBook4にKATOのPS16Aタイプ(やや幅が広い最も古い製品)の下枠の斜めの枠を切り取り、別の上枠から切り取った枠を貼付ける、という方法が紹介されていました。この記事のときはまだEF58が多く残っていた時で、36号機の写真でもテールライトが外ばめ式に改造されていたことが確認できました。
 当時の製品では割と古い形態(昭和40年代前半?)が再現されていたようで、乗務員扉後ろの昇降ステップが彫り込んだ形態ではなかったこと、SGの排気がダクトではなく、ガーランドベンチレーター(この形態で残った車は非常に少なく、88号機が有名でした)だったこと、車体横の通風口がビニロックフィルターではなく、原型の縦のスリットになっていた等の特徴が有り、これを現在(1980年代後半)の形態にする加工が当時のTMSで多く紹介されていたようです。

 広島のEF58ですが、なにわさん指摘の創臨の到着後留置回送と思われる列車の小田原での撮影の写真が見つかりました。また、38号機に関してはPS22への交換は遅かったようで1982年以降だったようです。広島のEF58では他に「左右一体型ひさし」が有名でしたが、これはさすがに間に合っていないと思います。

 PS22にかんする余談ですが、EF65形1000番台とEF64形1000番台の1032号機までに搭載されたPS22BはEF58形のPS14, 15と互換性が考慮されており、内側と外側の2カ所に足が付けられるようになっています。これに対してEF64形1033号機以降は互換性を考慮しないPS22Cになっています(外側の取り付け座が無くなった他、メカニカル的にも違いが有ります)。KATOのEF64形1000番台と最近発売のEF65形1000番台、TOMIXのEF65形1000番台ではPS22Bの内側の取り付け座に足が付けられているのが表現されています。外側の取り付け座がEF58に付けるためのものなのですが、KATOのASSYではない通常流通のPS22は古いタイプで碍子が外側に付けられた形態になっています。このため、厳密にはEF64, 65形には合ってなく、EF58形への付け直しに適応しています。
ちなみに先日発売のTOMIXの「さよなら北陸セット」に入っているEF64形1000番台は1052号機なのですが、外側の足の取り付け座が無いPS22C(元々はEF210形用)が付いていました。

にしもとさん、
ワタシもブタライトはどうにも受け入れがたいものがありました。宮原はブタ+Hゴムというのはいなかったですね。Hゴム+ヒサシ付きと、原形小窓はどっちがカッコエエとか、今思えばしょうもない話をお友達とよく熱く議論したものです。

原口さん、
雪の付いた荷物は北陸からです。カマに全く付いてないのが関ヶ原を抜けてきたかどうかの見分け方ですね。「つる回」は故意でないのでしょうが、まさにゴハチへのはなむけだったと思います。ビニロックフィルタは浜松以西は例外を除きほとんど、東京・宇都宮が半々、高二・長岡では皆無、というイメージですね。
模型の方でも古くから特定番号の作品がTMSなんかを賑わせていましたね。PS22BとCに差があって、模型にまで作り分けられてるのは初めて知りました。

なにわさん、
やはり凡人は見た目で判断してしまうってことなのか、正面窓のHゴム有無の差はデカイってことですよね。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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