EF58 63 広島区

リクエストにお応えして、広島で最後まで残った2両のうちの1両、
058063_0001.jpg63番を。

定期運用を持たない2両配置とあって、実際お目にかかる機会は少なく、1カット目のこちらは、
058063_0002.jpg81年の臨時「彗星」か「明星」か「あかつき」で、父親のカットかと思われます。

自分で撮ったのは、83年4月の団臨。
058063_0003.jpg駅撮りさえ駆け出しの頃で、偶然撮れたんやったか、ダイヤ情報に載ったんやったか、よう覚えておりませぬ。

初めて撮る広ガマに、
058063_0004.jpg
思わずコーフンの一枚。

ピン甘ですが、
058063_0006.jpgそれでもカッコエエと思います。

その後熱心にテツに励むものの、なかなか出会うこともなく、これが、
058063_198310b_0011.jpg2度目、そして最後の撮影になりました。米原にて、83年10月末、荷2030レだと思います。これもどうやってネタを仕入れたのか記憶になく。浜松ガマのスジなんですが。大阪近辺での走りを撮ってないので、ネタを知っていて、学校終わって速攻で米原に向かったものかと。

それにしても、見事な電柱でしょ。実はカマ屋氏に、後ろ下がってもらえんか、とお願いしたんですが、掛なしでの後進は危ないんでアカン、と言われました。当然ですね(笑)。

とはいえ、この同ホームの縦位置は、
058063_198310b_0010.jpg
ワタシの中のゴハチ・ベストテンに入る、思い出深いお気に入りの一枚です。ライトはお頼み。カマ屋氏がこの機関車の貴重さを知ってたかどうかわかりませんが、中一のガキが血相変えて撮るのは滑稽だったでしょうな。ちなみにフィルム1本撮りました(笑)。

83年4月から、廃車になる84年の1月まで、これ以外の撮影時間帯の来阪は無かったと信じているのですが、どうだったんでしょう。結局2回しか撮れなかったので、いまだにそんなことが気になっています。。。


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広島の63号機の写真をありがとうございます。

 一番上の81年の時点でパンタがPS22に変わっているのは1982年時点でまだPS22になっていなかった38号機と対象をなしています。
 3枚目と5枚目の写真でPS22の枠の外側の足取り付け座に碍子が付いていることが何とかわかり、PS22BがPS14, 15との互換性を考えて設計されたことが確認できます。
 4枚目の写真でヘッドライトの取り付け座が鉢巻きのように太くなっていますが、100Wから250Wへライトを交換したことによって直径が太くなったためで、同じ形態が61号機にも見られました。また、テールライトを外はめ式に改造していることがわかります。
 同じく4枚目ですが、83年4月の撮影の割に全検が「54-11」とずいぶん前のように感じました。もしかしたら休車をかけて検査を引き延ばしたのかもしれません。
 RP84-2号でも触れられていましたが、広島のEF58は定期運用では東日本まで足を伸ばすことが無かったのに対し、何らかの事故による臨時運用で関東までやってくることが多く、「災害の広島」との異称があったそうです。一番下の浜松区の運用に入ったのも「災害の広島」を示すようです。

原口さん、
PS22Bの枠の外の碍子、なるほどわかりました。ライトのハチマキは結局末期はほとんど改造されてたんでしたっけ? これも撮ってる時はほとんど気にしたことなかったです。尾灯の外はめ式は、小さな面積ながら、かなり遠くから見分けがつくので、少し意識してましたね。
確かに広島の2両は故障の代打での出番が多かったようで、下関集結後の2カ月でも38番が数度荷レの先頭に立ったとどこかで読んだ覚えがあります。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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