1984年頃のEF81 119 「日本海」

どれひとつとして、ブログサイズでまともに番号が読めないのですが、全部パーイチ119番で、59.2前の
081119_19831218_0049.jpg「日本海4号」。

同じく
081119_19840114_4002.jpg「日本海2号」。

これは59.2後で、
081119_198408b_4004.jpg多分「4号」だと思われるのですが、そうすると敦賀の119番が改正後も4号に入ってて、先日別の記事で偉そうにコメントしたのと矛盾するんだな。。。。

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オハネフ25型0番台前期型、後記型の違い

遅ればせながら、お帰りなさいませ
私も12月前半は出張に出ていました。

24系25型0番台は「彗星」「あかつき」用に向日町運転所に投入された前期型と「日本海」「つるぎ」用に宮原運転所に投入(他に鹿児島本線川尻駅での事故で廃車されたオハネフ25 18の代替新製されたオハネフ25 47)された後期型に分けられます。前期型と後期型の違いで最も知られたものはカニ24型の「マイクロスカート」ですが、外見ではほかにオハネフ25型に違いがあります。前期型は寝台側の乗降扉の客室側に通風口とドアコック蓋が上下に並んでいますが、後期型ではドアコック蓋が車掌室側に移動し、通風口が裾近くに下りています。
 55-10改正では向日町運転所に100番台が投入され、0番台が青森に転属しています。この車を継承した形になった東日本と北海道の車は結果的に前期型ばかりになりました。
 中央の写真と下の写真の2両目のオハネフ25型は前期型ならば上の帯の直下に見えるはずの通風口が見えないので後期型であることがわかり、確かに宮原の車です。っまた、上の写真と下の写真の電源車はカヤ24型で、57-11改正で青森から宮原に転入した車です。
 変わっていると思ったのは下の写真で、24系25型100番台とカヤ24型が混成されています。当時宮原客車区には100番台配属は無く、向日町運転所からの借り入れであることは間違いありません。向日町から宮原への客車の貸し出しは結構行われているようで、「国鉄客車編成表」1980年版の「日本海」「つるぎ」の編成記録でも認められます。

TOMIXから「日本海」セット発売とともに24系25番台が再生産されますが、オハネフ25型0番台は「前期型」「後期型」が別個に発売されます。以前オハネフ25型0番台が発売されているのですが、これは後期型のほうに形態が合っており、厳密には「日本海」「つるぎ」に使用が限定され、「彗星」「明星」および「ゆうづる」「あけぼの」には使えないものです。今回「前期型」が発売されることにより、「彗星」「明星」等が表現されます。ただこれらの列車は何故かカヤ24型と組んでいたことが多いので、、カヤ24型の調達がアキレス腱です。

原口さん、
24系25型の詳しい解説をどうもありがとうございます。前期型と後期型に分かれることも知らなかったので、勉強になりました。オハネフ25の100番代は平ぺったいヤツですよね。もっとも目に触れる機会が多かったのは九州ブルトレの上りのはずですが、ケツは電源車なので、東京方のオハネフが何だったか、全く記憶にありません。。。Nの完成品でも結構細かい作り分けがされてるんですね。
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