EF65 1124 「あかつき」

ワタシの中の「あかつき」と言えば、
A651124_19860615c_k44a.jpgこの姿。86年6月。

ピーエフが牽く、14系15形の何の変哲もない編成。レガートが登場するのは1990年のようですが、あれは好評だったようで、最後まで続きましたね。

10連って短い感じがしたんですが、これが当時の所定ですね。ってことは佐世保行きはたったの4連だったわけで、ブルトレの最短編成記録のような気がするんですが、どうでしょう。客車4両まで短くなると、カッコ悪いを通り越して面白い気もしてきます。


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私が乗った時は、レガートでなく、ただのオハ14(しかも特急券は車内補充券)でしたが、12号車か13号車だった(現在、手元にない)ので、
これは季節減車だったのではないでしょうか。
「さくら」あたりが減車して、中間がオロネとオシの4両という模型的な編成も見てみたかったですが。

「さくら」「みずほ」は末期は基本、付属編成からともに2両引いた6+4編成で運転されることの方が多かったようで、24系25形使用の東京口ブルトレが所定の編成でも両列車は減車編成ということが多く、私が1994年10月の九州への出張で下りは「あさかぜ1号」上りは「みずほ」に乗った時も「あさかぜ」は所定の編成だったのに対して「みずほ」は減車編成でした。

4連は最末期の「彗星」「あかつき」時代の「彗星」が4両(季節で2両増結)、「なは」「あかつき」時代は「なは」編成が電源車+4両でした。
季節減車が行われるようになったのは確か60-3改正の頃で、時刻表の編成表でも「連結しない場合有り」の注記がよく見られるようになりました。

天王山バックでパンタ中抜き、ライト非点灯が、この時代を表わしていて絶妙に懐かしい一枚です。
あ、一緒に鉄してないので、つっこみはなしで(笑)
40年代オヤジの独り言ですわ。

なにわさん、
写真の次の改正(86.11.1)でオハ14が連結されるようになったようです。実はこの頃の写真、ほとんど10両なんです。だもんでこちらが定数と考えたのですが、ご指摘のように、定数は13で、ほとんどの運転日で季節減車を行っていた、というのが正しいのかもしれません。

原口さん、
東京ブルトレの列車による減車の違いは、何が原因だったんでしょうね。「彗星」の4連は写真を見た覚えがあります。マークが盗まれて云々というRF誌の記事だった気がするのですが、記事の内容が余計に4連をみすぼらしい感じに見せてました。

福島の人さん、
パンタ中抜きって、当時のトレンドやったね。最近こんな撮り方してる写真見ないよな(笑)。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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