中国の蒸機 解放形 2226

解放型が張家口に残ってるってんで、一日充ててわざわざ行ってみた。95年5月。
09505_CN_0025.jpg今思うと、よく遭遇出来たもんやと感心します。

ケツ。
09505_CN_0026.jpg
なるほど古めかしい。なんだかガチャガチャ付いてるところに、現役蒸機の美がありますね。

どうしたことか、このカマの正面を撮っていない。ったくナニやってたんだか(笑)。


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石炭事情の変化

元満鉄ミカイ型ですね。
機関庫の壁にレンガを浮彫のようにして中国国鉄のマークがかたどられているのが注目です。

蒸気機関車に関連して、先に話題にした「ウェールズ炭」について、WIKIのグレート・ウエスタン鉄道の項目に「1900年代初頭までに作られた運炭用の鉄道は海軍用を見込んで建設されたが、第1次大戦を通して燃料が石油へ切り替わったため、大戦後は自分自身がウェールズ炭の最大のユーザーになった」という記述がありました。これについてイギリス海軍の燃料事情を調べてみました(参考資料、「世界の艦船、イギリス戦艦史、イギリス巡洋艦史、イギリス駆逐艦史」)。
当時の主力たる戦艦の建造計画時期で見ると、石炭専焼から石油と石炭の混焼が最初に導入されたのは1901年度の計画で、石炭2200tに対して石油380tを積んでおり、「重油は国内には産出せず、中東などから輸送の必要があることや、舷側防御の補助になりにくいなどの難点があったが、効率や補給作業等の利点が上回るとして踏み切られた」の解説がありました。このあとしばらく混焼缶の時代が続き、「ドレッドノート」が登場など、戦艦は発達を続け、1912年度の計画で初めて重油専焼の戦艦が計画されました。この事情については「海軍大学校から、ドイツ艦隊を制圧するには25ノットの速力が必要で、この速力を得るためには重油を使用するしかないという所見が出されたことから、ボイラーの重油専焼化に踏み切り、アングロ・ペルシャ石油会社と協定を結んで、同社に出資して海軍用の石油を確保することになった」との解説がありました。これらの艦を擁して第1次大戦に入ったのですが、大戦の終了後、旧式艦を一気に整理し、ワシントン軍縮条約も結ばれたため、重油専焼の艦以外では混焼の艦が少し残るだけになりました。具体的には20隻の戦艦中混焼の艦は5隻だけで、この5隻は1931年のロンドン条約で除籍され、重油専焼の艦だけになりました。巡洋艦もほぼ同じ経過をたどっており、駆逐艦は1905年の計画で一気に重油専焼に変わり、大戦終了とともに石炭専焼艦が一気に整理されています。このため、大戦中は石炭輸送列車が軍港までピストン輸送していた状態が終戦とともに海軍向け石炭の需要が一気に消滅したことになります。
また、軍艦への石炭搭載は、乗員総出で岸壁から艦内の石炭庫まで人力で運んでいたというのが事情で、これが上記の石油が「補給作業等の利点」を持つ所以です。石炭を缶にくべるのも人力で、この作業は「中世のガレー船のオールをシャベルに持ち替えただけ」と称される重労働で、このため、機関科員には若干の加俸があったとのことです。石油に変わると火力の調整が「バルブをひねるだけ」になり、これも石油の利点になります。

原口さん、
ミカイは解放なんですけど、解放=ミカイではなく、中国産の解放もいたはずで、実はこれがどっちなのかよく判っておりません。
イギリス海軍の燃料の変遷に関わる詳しい記述、ありがとうございます。普段こういう勉強をしないので、非常に興味深く拝読しました。蒸気船は日露戦争でのテレビ・映画での描写が最も身近な気がしますが、海軍でさえ重油焚きに移行したのはたかだか100年程度前なんですよね。石炭の積み込みがこれまた人力とはスゴイ。パイプとポンプで移送出来ない弱みとはいえ、さらにくべるのさえ人力とは、今更ながらここ100年の進化のすさまじさに驚くばかりです。

原口さん、軍艦のほうにも手を出されてるんですか。

蒸気機関車と軍艦、両方を書かれている駄レス国務長官こと高木浩之さんのサイト
http://www.geocities.jp/kigiken/index.html
ですわ。ここが詳しいです。
余談ながら、長門級戦艦が石炭混焼を止めたのは1930年代の第二次改装ですから。
大体、戦後建造の連絡船すら石炭炊きだったのですから。洞爺丸台風の時に、石炭が水を吸ってだめになる=沈没まっしぐらということもあって、重油専焼になったのです。

なにわさん、
こりゃまたすごいサイトさんをご存知ですね。あまりのディープさにたじろぎましたが「SLなんて呼称はおかしい」って件に我が意を得たり!です。
現役蒸機末期の90年代にWorld Steamというコピーで作られた情報誌がありましたが、その中に現役の蒸気船の記事があって、共通する何かがあるもんかなぁ、なんて思ってました。

なにわさん

高木さんのサイトはかなり前のことですが、第1次大戦のジュットランド等の海戦の情報を調べるときに訪問したことがあります。私としては機関における「煙突の効果」が注目点でした。その後、「幻の国鉄車両」でもお名前を見ており、むしろハンドルネームでの活動のほうによく接していました。

洞爺丸事故については上前淳一郎「洞爺丸はなぜ沈んだか」で水を吸って泥状になった石炭をボイラーにくべる、という記述があったのを覚えています。

上記の「イギリス海軍の戦艦用混焼缶」を呉市の「大和ミュージアム」で見ることができます。第1次大戦前にイギリスのヴィッカース社に発注された巡洋戦艦「金剛」(1911年着工、1913年竣工)が搭載していた缶(通称「ヤーロー缶」)が近代化改装(なにわさんのコメントの「第二次改装の時)で新しい機関に交換され、陸上の暖房用ボイラーに転用されて1990年代まで使用されたものが「大和ミュージアム」の所蔵品となったものです。展示は缶の前に缶焚きの機関科員の人形があり、缶焚きの様子が表現されています。
軍艦用の石炭は蒸気機関車用とはだいぶ形が異なっており、確か20㎝位の立方体で石炭庫に隙間なく積み重ねられています。これをバケツリレーの要領で運ぶ時に手を滑らせて足の上に落した、という話が多くのところで伝えられています。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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