スエ71 41 西舞鶴 (福知山)

西舞鶴機関区の救援車であった、
0pc_19880107_0002.jpgスエ71 41。 枯れ草ぼうぼうのエライやる気のない写真ですが・・・・。

スハ32 373→(戦災復旧)オハ71 509→オハユニ71 9→スエ71 41とのこと。ウィンド・ヘッダが無いのは戦災復旧車だから? 窓が白く塞がってるのはスエとしての現役時代からこう、みたいです。


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スハ32型のノーヘッダー車

旧型客車のノーヘッダー車はオハ35形が有名でしたが、スハ32型にも存在しました。鷹取工場と小倉工場で製造された車両の一部がノーヘッダーだったようで、スハ32 373は小倉工場製のノーヘッダー車と考えられます。ただ、RP誌のスハ32系特集(06-7, 06-8号)中で記述に矛盾があり、06-7号P32ではノーヘッダー車は鷹取工場の259~264, 361~366, 579~588と小倉工場の367~369, 579~588(昭和16年改番後の番号と)記述され、373は範囲に入っていないのですが、06-8号P26のスエ71 41の写真解説には「ノーヘッダーの特徴からスハ32 373がオリジナルと推定されている」と記述されており、スハ32 373はノーヘッダー車と認識されています。これを裏付けるように、06-7号P45のスハ32型ノーヘッダー車の写真解説には「1937(昭和12)年~1939(昭和14)年に小倉工場で製造された367~376と569~578の20両は試作的にノーヘッダー車として登場した」と記載されています。写真はスハ32 374であることから、鷹取工場の記載がないのは気になる点ですが、小倉工場の車は写真解説のほうが正しそうです。

窓がふさがっている件ですが、室内から紙を貼っているようで、所々紙が破れているようです。窓を白くふさいでいたのは日根野電車区のクエ9423が有名でしたが、新前橋時代は窓がふさがっていなかったのを確認しており、日根野に転属してから窓をふさいだようです。

原口さん、
掘り下げて調査いただき、ありがとうございます。知識のないのを露呈してしまいましたが、スハ32にノーヘッダー車がいたのは知りませんでした。珍車の類と言ってよいのでしょうが、それが戦災復旧後にオハユニになるだけでも珍しいのに、スエになって、写真の1988年まで現存したというのは、すごい話ですね。まあ、事業用車なんて珍車だらけといえば、確かにその通りですが。
白い窓、なるほど破れてるんで、紙なんでしょうね。日焼けを嫌ったんでしょうが、ナニの?って感じです。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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