横浜駅にて 1レ 「さくら」

今も昔も毎日残業ばかりで進歩がないのは情けない限りですが、珍しく早く帰れた日に下りの「さくら」を撮ってました。02003_0163.jpg電機はうるさいから、やっぱり皆見るのね。

彼の視線の先は
02003_0164.jpgブルトレか、はたまたお姉さんか。

アナタの視線の先は
02003_0166.jpgブルトレか、やはりお姉さんか。そう、やっぱりこの方向幕がしっくりきますよね。

隣の113もイイですが、
02003_0167.jpg小さくなってゆくスハネフの姿が、記憶の中のブルトレのイメージそのもので泣かせるぜ。。。


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ジャンル : 趣味・実用

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いっそ飛び乗ってどこかに、、、なんて現実考えたら、翌朝新幹線でもどってきたりするんでしょうね。
やっぱり。
しかし、会社の行き帰りにカメラ持参とは学生時代と一緒で感心。

福島の人さんの「翌朝新幹線〜」で思い出したのですが、上野口の夜行急行が多かった頃、高崎線で帰宅する時に目の前の列車に乗って気づいたら直江津駅で外に雪が積もっていた(急行「越前」使用か?)、という話を聞いたことがあり、他にも帰宅するつもりが日本海側まで行ってしまったという話が結構あったようです。1990年代になっても急行「能登」が高崎線の普通列車の終電のさらに後を走るダイヤが組まれていた頃は高崎線の駅に点々と止まっており、終電代用のつもりで日本海側へ送り込まれた話がありました。

「さくら」ですが、末期の「さくら」「はやぶさ」になった後、廃止に伴う下り「さくら」最終列車は「さくら」編成の方が「富士」「はやぶさ」へ継承されたため、営業運転が鳥栖で打ち切られ、車両は「はやぶさ」に連結したまま熊本へ回送する、という方法がとられました。このため、「さくら 鳥栖」という方向幕が掲示され、この方向幕が使われた唯一の機会の可能性があります。

福島の人さん、
夜行に飛び乗って、なあんて歌の中のような世界とは無縁なのが庶民の現実ってやつで。会社の行き帰りに軽くテツするのはええ息抜きになるんですが、知り合いに目撃されるのをビクつく歳になってしまいました。

原口さん、
会社の先輩から大垣行で茅ヶ崎下車のはずが、気づいたら静岡停車中やった、ってな話を聞いたことがあります。特にハザ付きの夜行は、一杯やったゴキゲンな会社員の乗車率が列車を問わず高かったように思います。「さくら 鳥栖」ってありそうであるわけないんですけど、それが実際にあったという、面白い話ですね。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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