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オランダの蒸機 ZLSM B 1220

ZLSMという、オランダ南部の保存鉄道が所有する、
02006_0055.jpg B 1220というスウェーデンのカマです。

オランダは無煙化が早かったせいもあり、本線走行できる自国の蒸機はゼロなんですよね。

1992年にスウェーデンが有事に備えた蒸機の保管を止めた後の1994年に入手したようで、2001年の復活ですって。

ちなみにこの辺りはオランダで唯一と言ってよい丘陵が連なる地域で、同国の海抜最高地点(322メートル!)もこの近所です。


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テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

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「有事に備えた蒸気機関車の保管」は旧ソ連で行われていたらしいことが1980年代から話が伝わっているのですが、旧共産圏独特の「鉄のカーテン」の向こう側からの噂話で、どこまで信憑性があったのかは不明です。
スウェーデンの有事の備えに関しては高速道路が知られており、舗装がジェット戦闘機の離陸を考慮して行われている区間があるらしいです。

オランダの蒸気機関車情勢

オランダの蒸気機関車ですが、RP67-3号中「欧州の第一線級機関車(2)」(P29-30)に記載が見つかりました。この記事は当時のオランダの電気機関車(1000,1100, 1200, 1300型)の紹介なのですが、機関車登場の背景として蒸気機関車情勢に触れられています。それによると、地理的に国単位として世界一の人口密度を示すこと等の条件から鉄道のフリークエントサービスに早くから積極的で電車、気動車列車の採用を早くから行っており、蒸気機関車の最後の新形式は1930年登場で、最後の新製も1931年と当時の世界の蒸気機関車情勢から見るときわめて早いです(国鉄ではC55登場の頃に相当)。この後、第二次大戦復興で蒸気機関車が輸入されていますが、復興に併せて急速に近代化が行われ、無縁化が完了したのは1958年のことで、「鉄道網から全ての蒸機を追放した世界で最初の鉄道」とのことです。
 ヨーロッパでは国家威信を駆けた蒸気機関車の最高速度の追求が最高潮に達したのは1930年代後半で、第二次大戦勃発直前が技術の極限に達した頃で、満鉄の「あじあ号」登場は1934年のことです。この周辺状況と比べると最後の新形式が1930年というのはきわめて特異と言えます。
 第二次大戦は貨物輸送に対するパワーの追求が最高潮に達する一方で、保守体制の悪化も世界共通で起こっており、性能を追求した複雑な技術が廃れ、基本的な技術に回帰する方向になっています。日本のC53型でアキレス腱になったグレズリー式弁装置が本家のイギリスでもこの時期に廃止されており、その後の3気筒機関車は中央軸もワルシャート式弁装置で駆動するようになってます。この傾向はフランスが顕著で、複式機関車を発展させていたのが戦後復興の過程でアメリカから普通の2気筒の蒸気機関車である「141R型」を輸入し、この機関車がフランスオリジナルの機関車を差し置いて蒸気機関車の最後(1975年)まで使われる結果になりました。

原口さん、
有事に備えた蒸機の保管は、確か東独の例があり、オイルショックで結構な数の蒸機が復活した、と雑誌で読んだ記憶があります。また、最近復活している台湾の日本製蒸機も、元は有事の備えで、無煙化後も相当数のカマが長い間整備されていたようです。
オランダの蒸機の貴重な情報、ありがとうございます。スイスもかなり早く、それと同じぐらいの60年代前半と認識していたのですが、世界初の58年とは驚きました。保存蒸機は何度かご紹介している通り、かなりの数があるのですが、国産のカマが存在したのに動態は全て外国のカマというのは、さぞや残念でしょうね。
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Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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