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ここはよく大雨が降るところで
30年前の春、萩に行った時も雨でした。その年の7月、大雨で長いこと不通になってました。
昭和58年山陰豪雨
1983年7月末の山陰地方の豪雨は気象庁で「昭和58年山陰豪雨」の名がつけられた災害として知られています。山陰豪雨ではRP83-11号
の旧型国電特集の「旧型国電路線早まわり」の企画(P15-19)を直撃し、富山港線から小野田線へ向かうのに富山―敦賀―豊岡―米子と乗り継いで「さんべ5号」に乗ったところ、山陰豪雨のために出雲市と浜田の間の下府で孤立してしまい、代行バスで出雲市へ脱出した、という事件が起きています。
の旧型国電特集の「旧型国電路線早まわり」の企画(P15-19)を直撃し、富山港線から小野田線へ向かうのに富山―敦賀―豊岡―米子と乗り継いで「さんべ5号」に乗ったところ、山陰豪雨のために出雲市と浜田の間の下府で孤立してしまい、代行バスで出雲市へ脱出した、という事件が起きています。
50系の軽やかな走り、まさに僕にとっても青春時代の通学の思いでです。よく、業務用室を勝手に明けて、車掌さん気分を味わってました(笑)
なにわさん、
最近ではこの辺の大雨は話題に上がらない気がしますが、長く不通になってたんですね。
原口さん、
ロケ中に下府で立ち往生とは、まさに事件ですね。おっと、RP83-11なら持ってるぞ、と見てみましたが、この記事の記憶は全くありませんでした。。。
さださん、
50系、まさに軽やかな走りでしたね。そちらからは遠いですが、真岡鉄道に行くとまだ乗れますよ~。
最近ではこの辺の大雨は話題に上がらない気がしますが、長く不通になってたんですね。
原口さん、
ロケ中に下府で立ち往生とは、まさに事件ですね。おっと、RP83-11なら持ってるぞ、と見てみましたが、この記事の記憶は全くありませんでした。。。
さださん、
50系、まさに軽やかな走りでしたね。そちらからは遠いですが、真岡鉄道に行くとまだ乗れますよ~。