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凸+50系 三保三隅 1987.8

夏になると引っ張り出してくる、
0198708c_0007.jpg87年夏、山陰西部のカット。

曇りがちの毎日で、思い描いたエメラルドブルーの海はほとんど見られず、ただ撮った、だけの写真ばかり。写真もそれほど熱が入ってるとは言えません。

それでもこの撮影行が強く印象に残っているのは、高二といういわゆる青春の只中であったこと、単独だったりO君・Y君と離合したりと変化があったこと、あとはやっぱり彼の地の飾らない鉄道風景に惹きつけられたからなのでしょう。

(こちらは28ミリ、コダクローム64)
0198708p_0003.jpgここはもう付け替えで走ってないそうですが、いつの日か再訪を果たしたい場所の一つです。。。


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テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

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ここはよく大雨が降るところで

30年前の春、萩に行った時も雨でした。その年の7月、大雨で長いこと不通になってました。

昭和58年山陰豪雨

1983年7月末の山陰地方の豪雨は気象庁で「昭和58年山陰豪雨」の名がつけられた災害として知られています。山陰豪雨ではRP83-11号
の旧型国電特集の「旧型国電路線早まわり」の企画(P15-19)を直撃し、富山港線から小野田線へ向かうのに富山―敦賀―豊岡―米子と乗り継いで「さんべ5号」に乗ったところ、山陰豪雨のために出雲市と浜田の間の下府で孤立してしまい、代行バスで出雲市へ脱出した、という事件が起きています。

50系の軽やかな走り、まさに僕にとっても青春時代の通学の思いでです。よく、業務用室を勝手に明けて、車掌さん気分を味わってました(笑)

なにわさん、
最近ではこの辺の大雨は話題に上がらない気がしますが、長く不通になってたんですね。

原口さん、
ロケ中に下府で立ち往生とは、まさに事件ですね。おっと、RP83-11なら持ってるぞ、と見てみましたが、この記事の記憶は全くありませんでした。。。

さださん、
50系、まさに軽やかな走りでしたね。そちらからは遠いですが、真岡鉄道に行くとまだ乗れますよ~。
プロフィール

18201

Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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