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急行「銀河」 オハネフ25 横浜駅

会社帰りに横浜駅で小さいカメラを振り回して、ささやかな記録が残ったのはよかったな、と思ってるんですけど、
0200302_0021.jpgカッチリ撮った写真がゼロ、というのもそれはそれで寂しいもんで、密かに悔やんでおります。。。


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テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

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改めて見るとオハネフ25型の0番台ですね。
かなり前にどこかで触れた気がするのですが、向日町へ投入の前期型と宮原へ投入の後期型とでは、写真に写っている乗降扉の折戸の開く方向が反対で、写真では暗くて不明瞭ですが、ドアコック蓋の位置が反対になっていることで区別できます。TOMIXで発売された24系25型0番台は最初は後期型の方が単に「オハネフ25型0番台」として製品化され、最近になって改めて「前期型」が追加され、在来の製品も「後期型」として発売されました。
24系25型0番台「可動式」は西日本のブルートレイン専用で、ブルートレインがブームとなった昭和50年代中頃は東京発のブルートレインは25系25型100番台「固定式」ばかりだったので、「可動式」は首都圏では縁の無い車両でした。55-10改正の「あけぼの」24系化で「可動式」が青森に転属し、上野で「可動式」を見ることができるようになったのですが、東京で「可動式」を見ることができるようになったのは「銀河」24系25型化後のことです。
ついでに、55-10改正で青森へ転属した「可動式」は全て向日町からの転属なので、転属したオハネフ25型は全て前期型です。これが「北斗星」へ継承されたため、番号としてはかなりの若番の車が現在も残っている形になっています。

原口さん、
オハネフ25の解説をありがとうございます。0番台は14系ハネのフォルムを継承していて、20系とまではいかないまでも、十分優雅な印象ですね。小学生の時分はしかしながら、近代的な感じのする100番台の方が好きでした。といっても朝の九州ブルトレは電源車側しか見れず、「つるぎ」「日本海」は0番台ばかりだったように思います。受け持ち区の変更でゴハチが「つる回」を牽いてた頃は100番台が多かった気がしますが、実際はどうだったでしょうか。ブルトレの客車を模型で再現するのも奥が深いようですが、テキトーにやっても楽しいジャンルですね。
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18201

Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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