DD51 740 福知山機関区

740番。
0510740_198408_0017.jpg 84年8月。

最初から福知山か?と思ってちょっと調べると、昭和46年度に早岐へ新製配置で、昭和52.3末には福知山区になっています。DD54の置き換えですかね。

86年4月。香住のあたり。
0510740_19860403c_0010.jpgこの時点で既に山陰筋の最若番だったのではないかと思っています。そう思うと27年を経た今、10番違いの750が現役というのはなんだかスゴイ。

86年7月。
0510740_19860720c_732.jpg色がムチャクチャですが。732レ、「だいせん」の後走りですね。

これも86年7月。
0510740_19860723_0022.jpgこれに乗って翌日の余部の20系を撮りに行くとこ。福知山線内のどこかでバカ停中。数ヵ月後に控えた電車入線に向けてのホーム嵩上げが分かりやすいです。

同日福知山の先も、スジ・客車は変われど、同じカマでした。
0510740_19860723c_547.jpg架線が張られると、随分雰囲気が変わるもんです。今は高架なんですもんねぇ。

ちなみに前回の726番~の84.3.31の配置は、
直方:727,729~739
門司:728
と、全機が九州でありました。


にほんブログ村 鉄道ブログへ



スポンサーサイト

テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

12系1000番台

12系客車が、1000番台改造の過渡期か、編成中に帯が無い車が点々と混じっているのが注目されます。発色が奇妙な写真のDD51 740の直後の車両も、帯が無いのに加え、車掌室のところにドアが付いているのがわかり、確かに1000番台改造された車とわかります。

12系1000番台も模型としては面白い対象で、登場から程ない頃の製作例を確かTMSで見たことがあります。当時は追加された乗務員扉は全くの自作でしたが、現在(とは言っても20年近く前の発売)ではTAVASAの80系300番台用の乗務員扉を使うことができます。また、東北地区の2000番台はオハフ13型を逆向き(WC側を頭に出していた)に連結することが多く、このため、ライト点灯ユニットをWC側に付けて機能させるように改造した製作例も見たことがあります。

夏休みのこの時期ですと、山陰線京都口の福知山からの普通列車には車内販売の販売員の方が、臨時列車増発の関係か移動?で乗務されていることがありました。オリジナルの12系に乗っていたら、ちゃんと冷水機も稼働していて、まるで長距離列車に乗って旅している気分になれました。

12系客車情報追加

今朝、熊谷より上越新幹線を使ったのですが、新幹線駅の滞在がちょうど秩父鉄道の「パレオエクスプレス」の発車時刻と重なっており、珍しく出発を新幹線駅から眺めました。12系客車を上から見たのですが、秩父鉄道の車は後期型のスハフ12型と前期型のオハ12型の組み合わせで、形態の違いを確認できました。
 まず、クーラー間に補強のリブがあるのは、前期型の方で、後期型は平滑な屋根でした。また、WC側の天井のハッチは前期型は2本リブの入った形態で、後期型はリブが無く、周囲にボルトが植えられている形態(BONA FIDEのパーツの形態)であることを確認できました。このため、KATOのNゲージの12系の屋根は前期型の2本のリブの付いたハッチと後期型の平滑なクーラー間という前期型と後期型の形態が混じった形態ということになります。一方、TOMIXの確か30周年記念品としての12系客車は「前期型」と銘打っているのですが、こちらは手に取ったことが無く、屋根のハッチとリブがどう表現されているかは不明です。
1980年代から90年代前半にかけてKATOの12系客車を種車としたお座敷客車の工作例が多くTMSに掲載されましたが、この中で「スハフ12型の前期型への改造」として「車体腰板の空気取り入れグリルを片方削る」「WC側のテールライトモールドを削る」ことは触れられていたのですが、「クーラー間のリブの追加」の工作は見た記憶が無く、当時は見過ごされていた形態のようです。
 以前、米子の留置線にたむろす12系客車の写真を見たことがあるのですが、12系客車はほとんどがクーラー間にリブのある屋根だったことを覚えており、山陰地区の12系客車は1000番台、3000番台を含めて前期型がほとんどだったようです。

原口さん、
以前も書きましたが、この地域の12系1000番台への改造は熱心に行われたとは言えず、投入されたのは1985.3だと思いますが88年になってもパラパラ帯付きの車両が残っていました。この当時の感覚で言えば、12系の形態に興味が向くなんてことは有り得ない、ぐらいの感覚で、ワタシの場合は毎度のことですが、前期・後期の違いがあることも初めて知りました。ひるがえって模型の方は、どのカマが牽いても違和感がなく、どなたか運転会用に6連を用意していただければ、引っ張りだこになるのは間違いないですね!

さださん、
冷水器! 優等列車の証!ですもんね。保津峡の行き帰りに乗ってましたが、気づかなかったなあ!紙コップを引いて、広げて、ボタンを押して。。。懐かし過ぎです。

すくなくとも、私の乗っていた山陰線京都口についていえば、オリジナルの白帯車はトイレ・洗面所・冷水機あり、1000番台車はこれらが停止(トイレは「業務用室」とステッカーが貼られていました)ということになっていて、編成中に何両かは白帯車が入っていましたね。たしか89年に完全に50系が12系に置き換えられ、90年の保津峡複線化の前々日ですべてDC化されたように覚えています。

さださん、
1000番台はトイレが使えなかったんですか?! 全然知りませんでした。ということは意図的に白帯車をまぜていた、ってことですね。「そのうちオール帯なし編成が撮れるかなぁ」と密かに楽しみにしていたワタシはとんだアホだったことになります。。。
プロフィール

18201

Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

FC2カウンター
最近のコメント
旧国系リンク
N工作系リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
工作用 別カテゴリー

塗装関連 ウェザリング 工具 インレタ パーツ 

ブログ内検索
RSSフィード