FC2ブログ

485系 「臨時」

須磨で遭遇した485系の「臨時」です。
0ec485_19840513_0040.jpg
84年5月13日の写真で、当時は大阪より西に485が入ることは珍しく、偶然やってきたので「へー」と思いながら撮った覚えがあります。7連は「加越」なんかに使ってた(定期「雷鳥」では使ってなかった)編成なので、北陸方面からの団臨だったのでは、と想像するんですが、そもそも「臨時」だと一般の人も乗車可能な「臨時特急」と解釈すべきな気もするわけですが、30年前のことなので答えは闇の中であります。。。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
スポンサーサイト



テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

その通り(児玉清のように右手で拳を握りながら)

ご推察の通り、
http://www.railstation.net/hyon/055osaka/01.html
にもあるとおり、団体臨時列車のようです。
明石方面まで回送することから、神戸か三宮まで乗ってきたか、そこから乗ったのではないでしょうか。

最近の関東の183系のヘッドサイン

ヘッドサインですが、首都圏の団臨用に転用されてからの183系では、「臨時」以外にもバリエーションが見られました。
神奈川県内から日光方面への集約臨時列車は、2000年ごろより前は167系や165系が使われていたのですが、「あずさ」運用より田町電車区に183系が転用されて置き換えられました。183系に変わってからの集約臨は赤字の「修学旅行」のサインを出していました。また、新前橋の165系置き換え用に転用された183系は色々な絵入りマークを装備しており、「修学旅行」も絵入りマークであるとともに、成田臨用のマークや、北関東方面に運行されていた色々な臨時列車用のマークもありました。

児玉清さんは私としてはNHK大河ドラマ「太平記(1991年)」の金沢貞顕を覚えています。それ以外では、昨年10月に亡くなったアメリカの小説家、トム・クランシーの日本語訳小説の後書きを長く書いていました。新潮文庫の「日米開戦(原題・Debt oh Honor, 1994)」から、「教皇暗殺(原題・Red Rabbit, 2002)」まで書いていたのですが、その次の「国際テロ(原題・The Teeth of the Tiger, 2005)」は訳者の田村源二さんが後書きを書き、クランシーの小説の後書きを降板しています。

掲示板の方の新シリーズとして、「秩父鉄道1000系のすべて」を始めましたので、気が向いたら見てみてください。
プロフィール

18201

Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

FC2カウンター
最近のコメント
旧国系リンク
N工作系リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
工作用 別カテゴリー

塗装関連 パーツ ウェザリング インレタ 工具 

ブログ内検索
RSSフィード