ブルトレ EF58 92 「明星6号」 

79年か80年の写真だと思います。
058092.jpg
父の撮影です、もちろん。

運用票っちゅうんでしたっけ、区名札の横のやつ、末期はほとんど使われてなかった印象なんですけど、どうですか。

ゴハチの原形小窓は末期まで残ったんで、92番は形態的な珍しさはないんですが、2桁の原形小窓で残ったのは74と96・98だけで、74は片側だけワイパーカバーが残り、98は尾灯だけ新型化された変顔で、何が言いたいのかというと、こういうシュッとした感じの原形小窓2桁機は96だけだったんで、この92番というのは今見るとえらい男前に見えるって話ですよ。

機番が2桁か3桁か、ってのは顔の印象をそこそこ左右するファクターなのであります。

あ、ブルトレの話、ゴハチの24系25形ってのはヘッドマーク付けて走ってた頃には存在しなかったこともあってか、似合ってるって感じではないんですけど、何でも牽いちゃいますよ的な逞しさが感じられて、結局カッコよろしいです。

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宮原機関区のEF58による山陽方面のブルートレインの牽引ですが、昭和54年に下関運転所にEF65PFが投入されて置き換えられています。下関運転所に配属されたEF65PF(1119~1128号機)の落成の年月日の正確な情報は持ち合わせていないのですが、写真の撮影は昭和55年には入らず、昭和54年中に行われた可能性が大です。

また、EF58と24系25型とヘッドマークの組み合わせですが、24系25型の営業運転開始は昭和49年4月25日の日豊本線南宮崎電化時で、この時大阪発寝台特急の直流区間の牽引はEF58になっており、一方で大阪発寝台特急のヘッドマークの廃止は50-3改正直前なので、昭和49年4月25日から昭和50年3月9日までの間、EF58牽引の24系25型寝台特急に「彗星」「あかつき」のヘッドマークが付けられていたと考えられます。
なお、宮原機関区のEF58の代走に下関運転所のEF65PFが入ることがあったようで、コロタン文庫「ブルートレイン全百科」に50-3改正直前の昭和50年3月に入ってから、下関運転所のEF65型1052号機が「彗星」のヘッドマークを付けて24系24型の「彗星」の向日町運転所への回送を高槻―山崎間で撮影した写真が掲載されています。

No title

S54以降の明星や彗星の季節列車はef58が牽引していましたね!
その場合、25型は100番台のことが多かったので写真にあるような0番台は珍しいと思います。
ありがとうございます。

No title

原口さん、
いつも詳細な解説をありがとうございます。当時定期のブルトレは全てPFが牽いており、季節臨の(6000台の列車番号でした)この列車だけを宮原のゴハチが牽いていたのだと思います。PF最終番台(1129-1139)が配備される直前だったかもしれませんね。
50.3以前に24系25形をゴハチがマーク付きで牽いていたことには思い至りませんでした。どの程度話題になったのかは知る由もありませんが、きっとファンには20系の方が人気だったでしょうね。

お名前をいただいておりませんが、25形0/100番台のコメント、ありがとうございました。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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