fc2ブログ

高槻電車区 クモハ32002

これまたお父ちゃんの写真で失礼します。

高槻電車区と高槻駅の端、その距離2キロ弱でしょうか、行ったり来たりを繰り返した、
32001a.jpg
大タツ クモハ32002。

このクルマ、最後に営業運転に就いたのはいつなんでしょう? 職員輸送以外の写真を全く見たことがありません。

顔。
32001b.jpg
銘板こっち側ですか?! 昔っぱいですね。

裏も無理矢理補正して、っと。
32001c.jpg

やや写真の少ない2位側。
32002d.jpg
眺めてると模型で作りたくなるのはワタシだけ?!

お父ちゃん何を撮りたかったのかわかりませんが、
32002e.jpg
増設扉付近のアップ。

廃車は昭和57年9月。写真は同じ年の6月か7月です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
スポンサーサイト



テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

18201さん、どうもです。ガキの頃に高槻区の横で写真撮っていたさとうです。
 ついに来ましたねぇ。高槻区のヌシですなぁ。いつも本線側からしか写真撮ったこと無いので、この写真達はなかなか拝めない方向じゃないかと。
 旅客運用はいつ頃までだろう。色々な文献をあさってみても、この車は「高槻区の職員輸送用」としか出てこないんですよね。
 でも懐かしいなぁ。そうかぁ。57年9月廃車かぁ。
 ふ~ん、この車って、車内はニス塗りだったんだ。それと、4枚目と5枚目の写真ですけど、この車のこの面の写真って、それほど多く公開されていないようです。「旧型国電車両台帳」や、「ガイドブック」では、反対側面の写真は載ってます。多分、公道側から簡単に撮れるのは反対側ですんでねぇ。こっち側って、高槻区の中に入らないと撮れないはず。
 どうもすみません。懐かしい電車見て夜中に興奮してしまいました。

関西のゲテモノ中のゲテモノ・クモハ32、カッコイイですねぇ。銘板が両エンドに付けられているのも見事なゲテモノぶりです!

20数年前まで、この車を含め高槻区には配給車や牽引車などかなり興味深い車両が潜んでいたんですよね。転勤で大阪赴任になった時には既にそれらはなくなり、電留線となった構内を見て不思議な気分になりました。

厚い幌枠、大鉄丸形通風器、PS11など、無骨な旧国らしい道具立てが揃い、尚かつ単行で走れるなど、確かに模型で作りたくなる題材ですね。どうせならHOでどうですか? 確かピノチオからキットが出ていたはずですし(笑)。

クモハ32形と前面の銘板について

 クモハ32形ですが、32000, 001は割と遅くまで営業運転に入ったことがあるようです。32000は「世界の鉄道'72」に岡山駅で撮影された営業運転に入っている写真が掲載されており、岡山時代は予備車の不足によって営業運転に入ったことがあるようです。さすがに府中に転属してからは入れ替え専用で、営業運転には入らなかったと思われます。
 32001はむしろ末期に営業運転に入る機会が多かったようです。片町線旧形国電の末期は車両の交代が激しく、転入と廃車のバランスによっては予備車が不足することが多かったようで、営業運転に入っている写真が多く撮影されています。
 一方で、クモハ32002は確かに営業運転に入った写真を見たことはなく、少なくとも昭和40年代中頃からは職員輸送専業だったようです。

 前後についた銘板ですが、かなり前に元サモハ73形のクハ79形の前面に付いた銘板について「我が心の飯田線掲示板」で質問をしたことがあり、戦前はこれが標準で、戦後のモハ63形から無くなったこと、確か汽車会社ではモハ63形の生産が早かったので戦前の流儀で前面にも銘板をつけた車が製作されたらしいとのことでした。また、吹田工場で更新修繕1を受けた車も前面に銘板を残しており、クモハ51形やクモハ73形に前面の銘板がある車が確認できます。

七久保さんへ

実際に高槻よりも吹田工場にいたことが多かったかも。

86年に配置区統合で、103系は明石へ、113系は網干へ、113系700代は宮原へ転出してしまいました。事業用車も名目は宮原だったでしょうか。
京都電車区高槻出張所という乗務員区になったはずです。

東西線開業時に淀川の207系が全部転入してきたこともあったのですが。このときは吹田工場高槻出張所となっていました。

さとうさん、
そうですよね、ご近所だったんですもんね。ほんまタツ区のヌシっちゅうか、電車からいつ見てもここに止まってる、アレおらんぞ!と思ったら駅の方から戻って来る途中やったり。知らない間にクモヤ90にバトンタッチして、ひっそり消えてしまいました。電気側の写真が少ないのは、光線状態が終日悪い(夏の夕方だけ日が当たる?)からだったのかもしれません。それにしても、スピードを出しようのない運行のお陰で、前後とも貫通扉の窓を開けて走るという、本線では考えられないユル~イ感じが懐かしいですよね。

七久保さん、
こうやってマジマジと見ると、顔も含めてかなり強烈ですよね。パンタ側は銘板もさることながら、雨樋縦管が側面というのも珍しいですよね(32001もそうですが)。それからHOとかピノチオとかいって誘惑するのは勘弁して下さい(笑)。

原口さん、
32000と32001の情報をありがとうございます。これら両運車って決して単行とか牽引用を念頭に造られたわけではないでしょうに、クモハ32に関しては見事なまでに営業用以外に(も)使われていたのが面白いです。想像の域を出ませんが、このクルマは高槻区開設と同時に職用になったのかもしれませんね。

なにわさん、
タツ区もいつの間にやら名実共に随分変わってしまってるんですね。先日通り過ぎた時、えらい電車減ったなぁ、などと思っておりました。
プロフィール

18201

Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

FC2カウンター
最近のコメント
旧国系リンク
N工作系リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
工作用 別カテゴリー

工具 塗装関連 ウェザリング インレタ パーツ 

ブログ内検索
RSSフィード