fc2ブログ

飯田線 初めての辰野口

どうやら80系じゃない、スカ色のちゃんとした旧国は、伊那松島というところに居るらしい。ということを勉強したのはジャーナル誌やったか、旧形国電ガイドやったか。小5の分際で旧国の何が気に入ったのかいまだに解せないのですが、父親を相当プッシュしたのは確かで、早くも翌82年の春休みに、辰野口への訪問が実現します。

往復お世話になったのは「ちくま」。もちろんハネではなくハザの方(笑)。塩尻・松本では降りず、終点の長野まで乗って、お父ちゃんのお目当ての一つ、善光寺を訪問。雨模様の中、早朝で人通りの少ない参道を歩いた記憶が残ってます。

でもって目指すは辰野。大きなカーブを切って構内へ進入する右手に、早速旧国発見! 歩いて5分の電留線へ。
aIMG_0030.jpg
前回三河槇原で遭遇した54129+68420だったりするのですが、当時はそんなこと知る由もなく。冗談みたいな話ですが、この頃はどんな形式があるのかも知らず、ましてや車番に興味があるわけもなく、顔の種類がたくさんある感じが物珍しくて楽しかった、ってとこでした。

aIMG_0029.jpg
ところで隣りの80系、なるほど行き先サボがドア横から車体中央へ移設されてますね。

さて、いよいよ伊那松島へ向かうべし。乗ったのは10時半頃発、
aIMG_0031.jpg
上諏訪からの1226M。ところでこの貨車何ていうんでしたっけ?

後部は、
aIMG_0033.jpg
68400。

当時の相方はまだ、
aIMG_0034.jpg
51029でした。

前の56011も一枚。
aIMG_0010.jpg
ネタは有限なので、早々に終わらぬよう、スローで参ります。


にほんブログ村 鉄道ブログへ
スポンサーサイト



テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

3枚目の写真の貨車ですが、木材チップ輸送用のトラ90000形ですね。かつては日本各地で走っていたようで、秩父鉄道からもチップ輸送貨物の便があったそうです。JRになってからは北海道だけになっています。クモハ51029は流電廃止後は唯一の原型クモハ51になった車(もう1両は改造編入のクモハ51200)で、元々はクモハ54よりもずっと多かったはずなのが流電廃止後はクモハ54形ばかりになる逆転現象がおこり、クモハ54形も100番台ばかりで、原型の3扉セミクロスシート車の割合が低くなったのが興味深いです。

サボの幕板から腰板への移設ですが、80系だけでなく、キハ58系でも見られており、こちらは「普通列車に主に使用される車両は移設された」との記載を見た記憶があります。可部線の73系も幕板(厳密にはヘッダー上)から腰板へサボが移動しており、写真の時期から57-11改正の頃に移設されたようです。また、こちらはサボの左右を受けるだけの客車用のサボ受けが設置されています。

「ちくま」は当時は3往復で20系+12系の5,4号だけが定期で、他に12系単独の1往復と167系で大糸線直通の「くろよん」を連結した1往復が季節でありました。余話ですが、53-10までは定期の1往復は気動車で、大阪ー新潟間の急行「越後」と広域運用(「ちくま―越後―越後―ちくま」)をしていました。

関西からの夜行利用の飯田線詣でとなると、ちくまになるのですね。
関東人の私は、豊橋口では言うまでもなく大垣夜行、辰野口では夜行アルプスか新宿発長野行きの普通441Mが定番でした。 ただ前者では到着が早く、飯田線始発までの時間がありすぎ、後者は始発には間に合わないと、なかなか微妙なところでした。

いずれの列車もなくなってしまい、一日有効に飯田線で過ごせる手段がなくなってしまいましたね。

それにしても一旦長野に出てから飯田線訪問とは、お疲れさまな事でしたね。

旧形国電ガイド、当時まだ中学生の分際では高い本で、それこそ清水の舞台から飛び降りるつもりで買ったものです。でも飯田線訪問ではずいぶんお世話になりましたから買っておいてよかったです。今見ると随分間違った記述も多いのですが(笑)。

80系のサボ受け、移設されたものが多かったのですが、移設されていないものもあり、この辺の基準がよく判りません。

原口さん、
トラ90000ですか、ありがとうございます。薄緑のかごというか檻というのか、特徴があっていいですね。模型でも是非欲しい貨車です。サボの移設例が他にもあったのはなかなか興味深く、基本的に普通列車は腰板部、という考えのようですが、全国統一ルールで実施されたものではないようで、現場の声から、ということでしょうか。実際ドア横(幕板部)は出し入れが大変そうですよね。「ちくま・くろよん」も懐かしいです。

七久保さん、
関西からの辰野口は「ちくま」以外には考えられず、周遊券利用が必須で、裕福でない18201親子には、どうしても縁遠くなってしまいました。豊橋側はちょっと時間かければ普通のみで行けましたからね。そういう点では関東の方を羨ましく思ったものです。旧形国電ガイド、今の金銭感覚でなんとなく3,800.-ぐらいでしょうか、父親を説得するのに随分時間がかかった記憶があります(笑)。
プロフィール

18201

Author:18201
模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

FC2カウンター
最近のコメント
旧国系リンク
N工作系リンク
カテゴリー
月別アーカイブ
工作用 別カテゴリー

工具 塗装関連 ウェザリング インレタ パーツ 

ブログ内検索
RSSフィード