DD51客レ交換 保津峡駅

山陰本線の京都口で団臨があると、基本的に福知山からカマを回送、またはその逆に福知山へカマを戻す必要があるわけですが、当時はまだ数往復存在していた客レに併結されるのが常でした。87年頃の話です。

上り京都行きはプッシュプル、下りは重連、というのがお決まりのパターンで、なぜ上下で異なっていたのか、答えがわかる方はコメント欄にでも書いていただくとして、この日10月27日は835レが重連。
0519999_19871027c_835.jpg保津峡16:48発。

時期的に光線が苦しいから駅撮り、ってのもあるんですが、客レ同士の交換があるんで、
0519999_19871027c_835328.jpg一枚に3台のDD51を写せる、ということで、ずーっとこの835レが重連になるのを狙ってたのでした・・・。

87年当時、保津峡駅で客レと客レが交換するのは、これの他には朝の6時台にしかなく、
0519999_19871027c_835d328.jpg
こんなもんでも結構貴重だったんですよね。

2年前なら雑客やったのに、ってのは言いっこナシです。


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たまたまある記事をググっていたら、この記事を見つけたので・・・。下りは重連、上りはプッシュプル、なのは、京都駅の配線の関係です。上りは機回しが必要ですが、単機分のスペースしかなく、重連での機回しは無理でした。そもそも上りを重連にしてしまうと機関車1輌分、停止位置(=ドア位置)もずれてしまって、乗客にとっても不便ですしね。下りも重連とはいえ、京都駅に入線するときは(梅小路や向日町からの回送)、やっぱりPPでしたよ。

京都駅16:15発の835レ、これを逃すと17:01発まで間があくので必死で走って乗ったのも懐かしい思い出です。という記事を、実は今、新線の保津峡を走る車内で書いてます
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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