EF70 1003 「能登」

唐突ですが、
07103_19830812_601.jpg EF70 1003 601レ 「能登」 1983.8.12 富山駅

なんでやろ、数字のケタが増えて、ナンバーがブロックになっただけやのに、2ケタの一般機よりも全然カッコエエ気がする。。。

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テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

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非常に昔の記事への書き込みを失礼します。

今日(2011.4.27)TOMIXの「さよなら北陸」セットを購入したのですが、この中に「EF70が牽引する「北陸」」の写真(1978年7月撮影、58号機+客車は20系)があり、この「EF70が牽引する「能登」」の写真を思い出しました。「北陸」の写真は金沢駅での撮影で、EF70は金沢駅―金沢運転所間の小運転でのみ見られたとのことです。
対してこの「能登」は富山駅での撮影で本務機と考えられるのですが、EF70だと糸魚川から先へは行けないのでEF62とEF70の間にEF81が挟まっているはずです。確か本来はEF81が金沢まで牽引していると思ったのでEF70が入ったのは故障による緊急登板でしょうか。

原口さん、
これはドキッとする指摘であります。当時のメモから「能登」と書いてるんですが、もしかして荷レと間違ってるかもしれませんね。。。機次のマニ50(多分)の後ろが見えれば完璧なんですが。。。富山でカマ替えしてないことは確かなんで、それならどこでパーイチと替わったの?ってことになりますね。。。。ご指摘ありがとうございました。

そういえば

「能登」の荷物車は新聞輸送用のスニ41だったはずです。パレット輸送の代用でもマニ37かマニ44でしょうから、これは荷物列車かもしれませんね。

「能登」の荷物車

「能登」の荷物車ですが、57-11までの10系寝台車+スハ43系客車の時代はスニ41でしたが、57-11で14系寝台車+座席車に変わってからはマニ50になっています。このため、撮影時期では「能登」の荷物車はマニ50と思われます。
 荷物者の後ろに続く車なのですが、何となく幅が広いようにも見えるのですが、決め手となる裾の部分が隠れているため、何とも言えないという感じです。
 「能登」というと最近ではKATOが10系寝台車+スハ43系の「能登セット」を発売しており、スニ41も製品化されています。また、「妙高」セットも先日発売され、元スロ60の食パン切妻のマニ37が製品化されました。マニ37は製品の「2020番」そのものが1980年4月1日の高崎線客車ローカルに使われていることから、先行製作していた高崎線客車ローカルと組み合わせるためにある手段を使ってマニ37を別個に調達しました。
「妙高」セットに関連してEF62形「前期形」も登場しましたが、「後期形」も出るのではないかとうわさが立っているようです。そして、「後期形」と組み合わせて登場する製品として「14系寝台車+座席車「能登」セット」がささやかれています。

11-15改正前後の上野発着夜行急行

「能登」に関する情報の追加ですが、57-11改正直前の数日だけスニ41+14系客車の編成が見られたようです。JRRの編成表57-11改正版があるのですが、これによると11月13日には「能登」は14系寝台車+座席車に変わっており、一方で荷物車はスニ41のままでした。荷物車は11月15日からマニ50に変わっており、同時に信越本線経由に変わっています。

改正が11月15日になったのは上越新幹線のほうが中山トンネルの出水事故で工期が延びたためですが、改正が先送りになったために尾久客車区で10系寝台車の全検切れが続出したようで、9月になってから寝台車の欠車が続発しており、改正直前の「津軽」や「妙高」は寝台車がオハネフ12が1両だけになっていました。
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模型は旧国、撮りは蒸機がサイコーとひとりごちる40歳。子供の服買うかみさんに渋い顔しつつ、いつ作るとも知れぬキットを増やし続ける二児の父。工作スピードが遅いのが自慢。 

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